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昔話

2013年1月26日 (土)

命の重さ

 世間を騒がせているアルジェリアの人質事件に関して、数日前の新聞に「命の重さは同じでも、その量り方は違う」というような事が書かれていた。

 
これを読んで、ふと昔のことを思い出したので、暇にあかせてちょっと書いてみようと思う。
釣りとは全く関係ない、退屈な昔話なので興味の無い人は読み飛ばして欲しい。
 
 
日本がまだ、後にバブルと称される好景気に浮かれていた頃、私は一時期、軽くドロップアウトして、フラフラと異国を放浪していた。
 
そんな不謹慎な日々の中、埃まみれのバックパック一つ背負って、風まかせの旅の中で訪れたインドの田舎町での事である。

海に面したその町には、日本人の貧乏旅行者がたむろする安宿があって、有名な「地球の歩き方」という本に紹介されていたので、私が行った時にも、同じような日本人ばかり7~8人が泊まっていた。
そして、その手の宿にはよくあるように、皆、特に何をするでもなく、数週間から、人によっては数ヶ月という長きにわたって逗留し、そのほとんどの日々を、怠惰に時間を浪費するだけで過ごしていた。
 
インドやネパールにはそういう宿が何軒かあったが、海外旅行に行ってまで日本人同士でつるむのを嫌って、その手の宿をあえて避けている硬派な旅人もいた。

それに対して、まことに情けない話だが、私は英語力に自信がなく、外国人ばかりの宿に長く居るとストレスが溜まって、旅を楽しむ余裕がなくなってしまう軟弱な旅行者であった。
 
だから、ちょっと旅に疲れた時には、逃げ込むようにそういう宿に泊まって、しばらく休養するのを常としていた。
この町に来たのも実際の所、それが目的と言ってもよかった。
 
 
その宿にはサルベソールという名前の下働きの子供が働いていた。
父親と2人で敷地内の小さな小屋で寝泊りしていて、学校には行かず、もっぱら宿の掃除と細かな雑用をして暮らしているようだった。
 
正確な年齢は聞かなかったが、見たところ小学校高学年くらいで、いつも元気にニコニコ笑いながら宿の中を走り回っていた。
人懐っこい性格で、どこで覚えたのか片言の英語を話すので、宿泊客に人気があり、みんなに「サル」と呼ばれて可愛がられていた。
 
私も滞在中、何度かお使いを頼んだりしたが、それに関してチップの類を要求してきたりすることはなく、いつも素直に言うことを聞いて買い物をしてきてくれた。
子供とはいえ、インド人が無償で動いてくれる事をちょっと不思議に思っていたら、彼らはいわゆる「現地人価格」で買えるので、その差額をしっかり着服しているのだと聞かされてなるほどと納得したのだった。
 
さて、そこに滞在して数日たったある日の夜の事。
みんなが何やら集まっているので覗きこんで見ると、ぼろ布にくるまったサルが青い顔をして、ガタガタと震えながらベンチに横になっていた。
もともと顔の黒いインド人でも顔が青くなるのだ、という事をその時初めて知った。
 
「サルが熱出したんだ。」と横に座って看病していた、宿泊客の中では古株の男が説明してくれた。
 
誰かが体温計を持ってきて測ってみると、水銀は40度の目盛りを大きく超えている。
子供でもこの熱はただ事ではない。
「これヤバいんじゃない?」
「医者に見せたほうがいいよ。」
 
日本の感覚では一も二もなく医者に頼る事態と思われたので、それまで遠巻きに様子を見守っていたサルの父親に、すぐに病院に連れて行って治療を受けさせるように一人が言った。
ところが、サルの父親は息子と違って全く英語を話さなかったので、我々の話にも、解ったのか解らないのか、ただ困った顔で首を横に振るばかりで話にならない。

仕方がないので、古株の男が宿のオーナーに頼んでみると言って、離れに住むオーナーの所に交渉に行った。
 
「インドって医者に見てもらうといくらくらいかかるのかな?」
「健康保険とかないからねえ・・・」
「いずれにしても、サルの親父には払えないよね・・・」
傍らでただ突っ立っているだけの父親を見るとはなしに誰かが言った。
 
「いざとなったらみんなで少しずつ出し合えば?」
それに関しては皆、やぶさかではないようだった。
 
そんな話をしているところに古株男が戻ってきた。
 
「この町には医者がいないんだってさ。」
と、吐き捨てるように言って、不機嫌そうに横のベンチに腰をおろした。
 
「!?」
 
小さいとは言え、鉄道の駅があって、それなりに多くの人が住んでいる町である。
医者が一人も居ないというのはちょっと信じられない事であった。
 
他のみんなも同じ疑問を持ったようだったが、それを代弁するように一人の女の子が口を開いた。
「これだけの町で医者が居ないなんて事があるの?」
彼女はどうもオーナーが面倒くさがっていい加減なことを言っているのでは?と疑っているようだった。
 
それに答えるように彼が補足した。
 
「『サルを診てくれる医者』は居ないんだって。」

 

この国の現実。。。
 
外国人旅行者ごときがどうする事も出来ない現実を突きつけられて、みんな言葉を失ってしまったようだった。
 
が、彼女はこの不条理を理解したくなかったのか
「じゃあ、病気になったらどうするのよ?」
と小さな声でつぶやくように言った。
 
その場に居た皆、おそらく彼女も含めた全員がその答えを知っているはずだったが、誰もそれを口にできずに黙りこんでいた。
 
遠く離れた祖国には、かつて「人の命は地球より重い」とのたまった人がいたそうだが、アジアの真っ只中にあるこの国では、下位カーストの人間の命など道端の石ころくらいの重さしかないように思われた。
 
重たい沈黙を打ち破るように彼がまた口を開いた。
「カルカッタまで行けば診てくれる病院があるらしいけど・・・」
   
少し間をおいて誰かが言った。
「それって、もしかしてマザーテレサの・・・?」
「多分そうだと思う。」
 
また沈黙。
ここから何100キロも離れたカルカッタまでサルを運ぶなんて事は、どう考えても現実的ではなかった。
手段も鉄道しかないし、たとえ連れて行ったところで、本当に診察してくれるかどうかすら確かではない。
 
結局、誰かが持ってきていた日本製のかぜ薬を飲ませ、ぼろ布1枚では寒かろうと、古株の彼が自分の寝袋をかけてやるくらいの事しか我々には出来なかった。

固い木のベンチでは可哀想なので、彼は自分のベッドで寝かせてやろうとしたのだが、それもサルが拒否したか、オーナーが許さなかったか忘れてしまったが、出来なかった。
 
この国には下のカーストの人間が触れると穢れる、などという事を本気で信じている人がいて色々と面倒くさい。
 
 
しかし、古株の彼はドラッグが目的でインドに来ている、ただのジャンキーかと思っていたのだが、今回の件では一番熱心にサルの看病をしていて、ちょっと見直してしまった。


翌朝、例によってすっかり日が高くなってから目覚めてみると、ウソのように元気になったサルがいつもどおりニコニコと白い歯を見せて笑いながら掃除をしていた。
一晩寝ただけで驚異的な回復を見せたのである。 

三々五々起きだしてきた他の宿泊者もあきれたように
「昨日の騒ぎは何だったんだ?」
と口々にぼやいていたが、その表情はみんな明るかった。
 
「薬なんて飲んだことのない途上国の人に薬を飲ませると劇的に効くって聞いたけど、本当だなあ。」
と誰かが言った。
 
確かにそれもあったと思う。
だが私はそれ以上に、日本人とは比べ物にならないような強靭な生命力が、生まれつき彼らの遺伝子に組み込まれているに違いない、と言う事を強く感じたのだった。
 
そうでなければこの国で生きていけないのだから。
 

 

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